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ドクメンタ12 [現代アート]

ドクメンタに出掛けたのは、ヴェネチアから北上していったのではなく、一度、東京で仕事があり、ヴェネチアから戻って中3日でフランクフルト経由、ミュンスターへ行き、それからカッセルに向かったのだが、それがどうやら良かったようだ。
 というのは、今年はだいたいヴェネチア、人によってはバーゼル、カッセル(ドクメンタ12)、ミュンスターという流れがあり、たいていのプレス関係者はその順番でミュンスターに辿りついていた。ミュンスターでいろいろな人からドクメンタのオープニングが大ブーイングであったことを聞いた。なんでも事前にアーティストリストを極秘にしたために、プレス関係者だけで2700人も集まり、その上、そのリストの8割が無名というか、アート関係者でさえ、知らないアーティストが多く、イライラしたのだそうだ。そして大雨。天気だけでも気持ちがダウンするのに、それに加えて、プレス関係者は「頭にきた!」って感じだったんだということは、イギリス人ジャーナリストが強く語ってくれた。彼が言うには『フェラン・アドリア(スペインの有名レストラン「エルブジ」のシェフ)がアーティストで、会場として「エルブジ」が地図に掲載されていて、その上、どうやって誰がいくのか?」という質問に「運がよければ、会期中に50名が招待される」というようなわかんない説明だったんだよ』とのことだった。
 実際にカッセルに到着すると、まだオープニングの余韻が残っていて、アーティストも数名いたり、ヴェネチアで会ったアート関係者にもあったりした。

 結論から言うと、私は今回のカッセルが悪いとは思わない。むしろ、商業的な色が強くなっているヴェネチアに対抗する形で、南アメリカやセントラルヨーロッパのアーティストが多数参加しているのは悪くはないように思えたからだ。ただし、府に落ちない展示というのがそこかしこにあって、例えば、フリードリチアヌムに展示されていたリヒターの初期の小さい少女の絵画(彼の娘だろうと思う)などは「なんで?ここに?どうして?」というような疑問が頭の中から消えなかった。必然性が全くないと思った。(あとで調べると、今回のドクメンタには個人コレクターからの貸し出し作品がけっこうあることが判明)
 またプレスオフィスで「日本人アーティストは何人ですか?」と聞くと「3名」とのこと。田中敦子、青木稜子は見つけられたのだが、もう一人がわからない。その答えはなんと北斎!!!北斎の版画が山の上にあるヴィルヘルムスエーヘのコレクションに並べて現代アートを展示するものの中にあったのである。
 腰痛ベルトをして腰の痛みをおさえながら、見て歩いているうちに、なんとも言えないやるせない気持ちがしてきた。北斎は現代アートではない。展示されている作品も北斎の本当の魅力が前面に出ているものでもない。田中敦子は故人である。もちろん今回の田中敦子は大事に展示され、ドローイングから電気服まで非常に素晴らしかった。多くの人が再評価することだろう。でも残念なことに彼女はすでにこの世にいない。青木さんだって、彼女の本当に素晴らしい絵画がというよりも、ドローイングなどを中心に1つの展示コーナーが作られていた。彼女の作品にはもっとクオリティーの高い、ダイナミックな作品があるはずだ。
 その夜、飲んでも酔えなかった。なんだか頭の中でぐるぐるしていた。それで朝、私は今回のドクメンタディレクターのロジャー・ビュルケル氏宛に手紙を書いた。日本でのリサーチが不足しているのではないか、という点と私自身は「死んでしまったアーティストを再評価することは大規模国際展でやるべきことなのか」という疑問を呈したつもりだ。注)後日、彼の秘書からメールアリ。日本の雑誌で記事を書いても彼は読めないし、プレスがいちいち翻訳するとは思えない。なにしろ日本からの意見など届くはずがない。プレスオフィスで何か言っても、無視される。だから私はドクメンタオフィス宛にわざわざ郵送してみた。ちょっとだけ気が済んだような気持ちがして、翌日も会場を歩き回った。

 発見もあった。ヴィルヘルムスエーヘでレンブラントの大作が展示されている部屋で、負けない迫力で展示していたポーランドのアーティスト、ゾフィア・クリックだ。彼女は93年のヴェネチアビエンナーレのポーランド館に代表として参加しており、私は彼女を取材し、「マリ・クレール・ジャポン」に記事を書いたアーティストだったからだ。
作風は全く変わらないものだったが、ドクメンタでも目立っていたので引っ張りだこになる可能性がある。
 もう一人、とくかく目立っていたのが中国人アーティストのアイ・ウェイウェイだ。彼は展示作品とは別に、中国の古い椅子をたくさん用意し、それを休憩所のように使わせていた。「これは作品ではない」とのこと。またパフォーマンスのために、1001人の中国人をカッセルに呼び寄せた。1001人ですよ、1001人。単純に飛行機3機分であり、その予算をどう捻出したのか、が大きく気になった。ヴェネチアにしろ、カッセルにしろ中国人アーティストの存在感は大きいし、なにしろ中国という国が国策としてアーティストに支援している感じがする。どーすんの、日本!活躍している中国人アーティストはタフであり、したたかである。

 ディレクターのヴュルケル氏が大事にしたポイントは「現代性」「本質的な生」「美の教育」の3つである。その意味では、新しく知るアーティストとの出会いを創出している意図は理解できる。でもねえ、今回のドクメンタに参加しているアーティストよりも、日本のアーティストの中に、新しくて、力強い表現をしているアーティストがたくさんいるのになあ、、、と私は改めて思ったのも事実。だから、作品を見ながらも「ふーん」とか「なんだこりゃ」とか口をついてでて、ケチをつけたくなる。とにかく、日本のアート関係者がロビー活動をちゃんとして、一人でも多くのアーティストを大規模国際展で見せるべきではないだろうか。そういうことを、アート関係者ならば、いつもそういう認識を念頭に置くというのがあってもいいのじゃないか、と私は思う。「本当に魅力ある作品なら誰でも見つけてくれる」というのも本当のことだけれど、やはり、ある程度の戦略が必要だし、チャンスが来た時に、そのチャンスをものに出来るかどうか、は実力だけの話ではない。

 ドクメンタ10もドクメンタ11も見たけれど、私の中にはカッセルのあの場所ではドクメンタ9のイメージが強く残っており、その面影が見えてしまうのは何故だろう。やはりヤン・フートは偉大だったのだ。ドクメンタハレのトイレの入口にアッシュワーガーの作品がある。フリードリチアヌム広場には、小さいモニュメントが残されている。ボイスの樫の木と石を思わせる作品もドクメンタ9のあとに、ちゃんと広場の真ん中に置かれたものだ。15年前のドクメンタ9が今頃になって、亡霊のように思い出される。川俣正さんの小川沿いに点在した家は本当にカッコ良かったし、陸根丙の作品もダイナミックだった。イザ・ゲンツケンの素敵な写真やマシュー・バーニーの跳ねる映像作品も懐かしい。
 
 ブーイングが多かったレストランやカフェ、クロークなどは改善された。イヤホンガイドならぬi-podガイドも用意された。1つ、うれしかったことはドクメンタのブックショップで私の本「Warriors of Art」が置いてあったこと!!!アーティストカタログ以外で日本人が書いた本はなかなか見当たらないので、非常にうれしかった。頑張って書いてよかったなあ、、、。
 次はヴェネチアについて書く。
 
 


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コメント 4

kyoko

カッセルとミュンスター、行きたいです。9月のはじめになんとかしたいと真剣に検討中。
カッセルのフェランの件は、地元バルセロナでもアート関係者から非難ごうごうです。彼だけのせいではないけれど。
アイウエイウエイさんは、デザイナー/ランドスケープアーキテクトとしても活躍されてますね。以前、取材でいった北京でお会いして、彼がオーナーで空間作品でもあるレストランにも連れていってもらいました。Yung Ho Changさんという有名建築家の親友で、その二人が私たちが中国で出会った最も面白い人たちで、アトリエやご自宅の空間の趣味も一番良かったです。
ふたりともNY生活が長いので母国のことも客観的に見られると同時に、英語が堪能というのが大きいですね。
今回の「1001人の中国人プロジェクト」は、こちらの新聞記事でも大きく扱われてます。ドイツ銀行やドイツの企業がずいぶんバックアップしたそうですよ。北京では現代美術の関係者にきいたけれど、あんまり報道されてないらしいです。海外に全くいったことのない中国人をブログで募集したそうですが、すぐに何千人も応募があったとか。いずれにしても、中国のクリエイターは大胆ですよね。........と、長々とすみません。
腰痛お大事に!
by kyoko (2007-08-04 17:52) 

チアリーダー

KYOKOさん、書き込みありがとうございます。
そうそう、1001人でした。書き直しておきます。
ただし、アイ・ウェイウェイさんのようなやり方というか、彼がそういうことが出来るのも、改めて書きますが、中国は「共産主義」であり「一党独裁」であることはノンポリな日本人には理解しにくいかもしれませんが、頭の片隅において考える必要がある、と私は思っております。例えば、アイ・ウェイウェイさんが自由な表現をやっていることを中国政府が「寛容な態度で許している懐の深さ」をアピールできるわけです。
 一方で、汚染食品が多発した責任を問われた担当部長は、死刑になり、即刻、刑が実行されました。
 では、何故、ドイツ銀行やドイツの企業がアイ・ウェイウェイさんのプロジェクトを積極的に支援するのでしょうか。それを少しだけ考える必要がある、と私は思います。

山口裕美
by チアリーダー (2007-08-05 00:33) 

kyoko

さっそく、お返事ありがとうございます。
呑気なようにきこえたらすみません。たしかに、Yung Hoさんにしてもアイウエイウエイさんにしても、お父さんはそれぞれ天安門広場の拡張の責任者だった建築家と、文革詩人で共産党幹部だった人たちです。でも、彼らはそれを嫌悪し家族を捨てアメリカに移住したり、色々修羅場もくぐりぬけています。もちろんそれが可能だったのも特権階級だったからだと思いますし、当事者以外にはわかりにくい真実もたくさんあると思います。いずれにしても、有利であっても100パーセント安全とは限らない状況で活動されていることはたしかです。
大半の欧州人にとってアジアは中国が台頭していることは認めても、正反対な世界であり、中国についてもまだまだネガティブなイメージでいっぱいです。東洋人に対する人種差別もあります。でも一部の欧州の知識人たちは、Yung Hoさんたちの背景と今の活動を通して、これからの中国に少しでも感覚的にわかりあえる人たちもいる、という希望を感じたいのだと思います。もちろん巨大な市場が目当てな企業もたくさんです。BBCでYung Hoさんとお父さんのインタビューを制作していました。政治と芸術。中国と日本。それぞれと欧米のつながりなど本当に深い問題ですが、私も欧州から東アジアを眺めて、彼らの今後の動向を注目していきたいと思います。
と話が大きくなりましたが、これからも山口さんのご活躍も楽しみにしています。
by kyoko (2007-08-05 16:48) 

Kyoko

たびたびすみません! 上の書き込みが2カ所、間違っていたので訂正させてください。(あせって書いたらダメですね。)
アイ・ウエイウエイのプロジェクトを支援したのは、ドイツの企業ではなく、ドイツの彼の画廊とスイスのプライベートの財団などでした。それと彼のお父さんは「文革詩人」ではなく、1960年代から70年代後半まで政治犯として最初満州、その後ウイグル自治区に下放され、ウエイウエイさんもウイグルで育ってます。
(本人のインタビューを読むまで、ずっと勘違いしてました。)
下は8/9付英国ガーディアン紙のインタビューです。
http://www.guardian.co.uk/china/story/0,,2144306,00.html#article_continue

もと東京コレスポンダントだったジョナサン・ワッツの記事で、
絶対当局のプロパガンダになるようなプロジェクトは避けたい、という内容です。

ほんとに、日本のクリエイターもますますがんばってもらいたいです。
私の住むバルセロナでは(昔住んでいたロンドンでも)、未来の面白いものは東洋からくる....と思っている若者がたくさんいるので。
by Kyoko (2007-08-14 20:17) 

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